北海道、知床半島。傾斜のある車道の端で、一匹の狐を見た。車を停め、
窓を開けて写真を撮る。狐は一度だけこちらを見て、
その小さな瞳に一瞬だけ私を映し出した後、顔を埋めて再び眠りについた。
静かに、この地球の片隅で、彼もまた生きている。

40℃を超える灼熱の砂漠、目の前に広がるのは赤く染まったウルル。
その色彩は、まるでこの地が抱えてきた時間そのものを映し出しているようだった。
この地には、アナング族の3万5000年の歴史が息づいている。彼らも、ここで生きてきた。

22歳、初めての富士登山。予想を遥かに超える強風と大雨。
頂上に立つ頃には、濃霧が視界を奪い、冷たさに手足は言うことを聞かず、
吹き荒れる風が体を翻弄する。ただ一人、人影のない頂上で、
私は生まれて初めて死を覚悟した。高鳴る心臓の音だけが、
生きている私の存在を証明していた。

幼い頃から、私は祖母が嫌いだった。家に居座り、
孫である私にお金を借りに来る。時にはお金を盗まれているということもあった。
いつも「お金がない」と言い続ける祖母。他人の祖母と比べて、何度も軽蔑した。
私に与えてくれたものなど何一つ思い出せない。
ある日、私は知った。祖母がもう身体を動かせず、記憶も失い、
急激に老け込んでしまっていたことを。それまで何も知らず、
いや、知ろうともしていなかった。
かつて「嫌い」と決めつけていた祖母のその姿を目の当たりにした時、
私は胸の奥で何かが大きく揺れるのを感じた。
あれほど嫌っていた祖母が、それでもなお生きている。
その事実が、どれほどの重みを持つのかに気づいた。
そして、部屋から見つかった書きかけの遺書には、
かすれた字で、私の想像をはるかに超える言葉が綴られていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、私が早く死んでいれば……」

その遺書の内容を、私は一生忘れることができない。
生きるとは何か。祖母の後悔も、狐の眠りも、ウルルの赤も、
そして富士の嵐も、全てが問いかけてくる。
私は生きている。ただそれだけのことが、どれほどの奇跡なのだろう。

ここにいる。私は、生きている。
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